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ほししま ゆあ

  • Author:ほししま ゆあ
  • ゆあ・・・1963年7月24日生まれ(しし座)
    血液型・・・典型的なB型(好きなモノには、
    猛突進してのめりこむが、キライなモノには、
    一切手を出さない)(笑)
    現在51歳、既婚・子供なし。
    30歳独身時に卵巣ガンになり、結婚相談所にて35歳にて結婚。
    ただいま、大うつ病・パニック障害・不眠症を治療中。
    メンタル面で非常に弱いので、
    その方面に理解のない方は、
    コメント・メールはお控えお願い致します。
    メールの内容によっては、お返事致しかねる場合も
    ありますので、ご了承願います。

    2013年5月9日より13年間住んだ柏市(北柏・根戸付近)より放射能汚染を逃れて、岡山県に夫と自主避難移住を完了。
    現在に至ります。

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2014.04.26
☆三田医院・・・
先週の終わりあたりの真夜中に、寝てる時に急に胸の真ん中よりほんのわずか左側の心臓よりの部分に
チクチクとした痛みが急に走って、目が覚めました。
睡眠薬を飲んでるので、寝ぼけてたのもあって、この発作が何時に起こったのか?
は起こった時計はチェックしてませんでした。


年に1~2度はキュ~と痛む痛みが起こることがあり、12月には心配でハートクリニックという
中区の心臓の専門病院に診てもらって、階段昇降の検査や心電図、エコー、血液検査の結果
異常はなしで、「たぶん、肋間神経痛でしょう」と言われて、そのままにして
忘れていたのですが。。。


有馬温泉に行く数日にそんな痛みが夜中に1回と、昼間にPCを打ってる時に
チクチクとした痛みがその同じ箇所に走ったので、狭心症?心筋梗塞?とか
いろいろ心配し、とりあえず・・・有馬から帰ったら、
ゆっくりどっかで診察をしてもらおうと思っていました。


ハートクリニックで12月の検査で、いろんな検査も受け、
血液検査の結果も何も兆候は見られないということだったので
次に疑ったのは、去年から受けてない「乳がん」でした。


私の母方の祖母と私の叔母は、二人共乳がんにかかっていて、私も
家族性乳がんのまだ未解明の遺伝子を持っています。
ちなみに、過去に聖路加病院でBRCA1&2の遺伝子検査を受け、
結果は陰性でした。


よって、祖母も1回目の乳がんは確か、60歳頃だったのか?50歳頃だったのか?
私がまた小学校の6年の頃だったので、片側乳房全摘で
当時、がんは、死の病という認識が強かったせいだと思いますが、
夜にひとりで、当時40歳にもなっていなかった母が
悲しみのあまり・・・突っ伏して泣いていた光景は
今でも忘れられません。
が、祖母は無事に完治して、20年後にまた別の乳がんの種類が残りの乳房にでき、
それに気づかず、転移がんが末期となり、無加療のまま余命を1年も長く生きて
亡くなりました。


1回目の乳がんと2回目の乳がんは別個のものだったそうです。
晩年、祖母はストレスに苦しめられていたので、それもあったかと思います。


卵巣がんに30歳でなって、既に卵巣はないものの、まだ不明である
家族性乳がん・卵巣がん遺伝子は持ってると思うので、今は被曝を少しでも避けたいので、
1年に1回はマンモでなく、超音波の検査を受けたいと思い、
毎年、震災前までは市の検診で、マンモを、
それ以来は病院の内科でエコーで調べてもらっています。


行った病院は、ご存知の方も多いかと思いますが、小平市から岡山に移住開業された
三田茂医師の「三田病院」でした。
(ニュースステーションや、You Yubeでも出演されていて、
甲状腺がんではかなり有名な先生で、とても良心的な素晴らしい先生です)


幸い、今の家から車で約20分ほどの距離でとても近く
(渋滞にはまらねば、もっと早く行けると思います)
小学校の時に住んでた岡山の家からだったら、歩いて行ける距離の
岡山電鉄の終点の「東山」の駅の降りてすぐの場所にありました。


移住避難民の予約は午後の診療後に予約制で受けています。
事情を話して、一番早い診察の予約の電話をしたら、
「25日の4;00~があいてる」と言われたので、
昨日の4時からピカピカの開院しかばかりの三田医院に行ってまいりました。


初めての病院や問診票を書くのは、とてもパニックもちの私にはとても緊張し、
発作が出て、落ち着くまで大変でした。


でも、エコーも、モニターがすぐそばにあって、
寝転んだまま検査を受けながらにして、
自分でも撮されている自分の画像が見れるようになってて、
そのエコーの画像を見ながら、
「この黒い部分が肋骨だよ。で、この下が肺ね。
空気があるので、肺は写らないんだよ。
で、この肋骨と肋骨のこの間に神経が通ってて、
ここに肋間神経痛は起こるんよ。」と画面を見ながら、
すごく丁寧にお話してくださました。


エコー検査で、自分の写った画面を見ながら説明まで
してくださった先生って生まれて初めてだったので、
ものすごく感動しました。
そして、ものすごい安心感を感じました。
いつもエコーで、何度もなぞられてジックリジックリ見られてると
そこに何か見つかって、慎重に見てるのか?と向こうの見えない画面に
とても不安になっていたからです。
いま、思えば、前の病院のエコーが画像が型が古くて鮮明に写らないので、
何度も慎重に診て頂いてたのかも・・・と思いました。
結果、いつも異常なしだったので。


私のいくつかの不安や疑問をきちんとすごく丁寧に説明して下さり、
3分診療とは程遠い、これが医師と患者のコミニュケーションだと
感動し、涙ぐんでしました。


岡山の病院の医師の方々って内部被曝のことを知らない方が多く、
等身大で心の不安を受け止めてくれないところが本当に多いのです。
まあ、これは仕方がない話ですね。と先生もお話されておられました。


これだけ事故のあった福島から遠いと、それは仕方がないと思いますが、
こんなに避難移住者が多い県で、もう少し内部被曝などを勉強してほしい医師が
増えて欲しいのは実感です。


三田先生は、本当に優しくて、
こんなに懇切丁寧に色々話して教えてくれる医師が今まで
いたかなあ?と思うほどに、親身になってお話を聞いてくださいました。


「先生は、お魚はどう思いますか?」とか聞いた私の質問や
「関東の被曝前の自然放射能より、こっちって線量計で測定すると
かなり数値が高いですよね。
西って高めとは聞いてましたが、こんなに高いのは、私のがおかしいのでしょうか?」
といった質問にも、「赤土の関東ロームがないせいで、かなり自然放射能が高いのは
事実だね。高知や岡山でも僕も測ったけど、かなり高いよね。」笑
と言ったふうに、なんでも聞けば、丁寧に答えて下さるのです。


移住者の診療は、予約制になってるので、午後になります。

実費になることもあるのですが、甲状腺を調べてくれる医者は今は
ここだけじゃないでしょうか?

院内も出来立てなので清潔感あふれる明るい割と広い待合室で、なごみます。

三田医院は、ここです。

三田先生の今年に行われた講演会の模様です。
子供の低線量被爆をとても気にしてらっしゃいます。


こんな医師は、関東には他になかなかいないのが、現状ですよね。

事故は、いまだ・・・収束の見込みは何もたってないのに。

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02:32  昨日の出来事 comments(0) no-trackback
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