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ほししま ゆあ

  • Author:ほししま ゆあ
  • ゆあ・・・1963年7月24日生まれ(しし座)
    血液型・・・典型的なB型(好きなモノには、
    猛突進してのめりこむが、キライなモノには、
    一切手を出さない)(笑)
    現在51歳、既婚・子供なし。
    30歳独身時に卵巣ガンになり、結婚相談所にて35歳にて結婚。
    ただいま、大うつ病・パニック障害・不眠症を治療中。
    メンタル面で非常に弱いので、
    その方面に理解のない方は、
    コメント・メールはお控えお願い致します。
    メールの内容によっては、お返事致しかねる場合も
    ありますので、ご了承願います。

    2013年5月9日より13年間住んだ柏市(北柏・根戸付近)より放射能汚染を逃れて、岡山県に夫と自主避難移住を完了。
    現在に至ります。

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2013.04.28
☆夫との生きて来た経験の違いと価値観の違い・・・
まず、ビックリしたことの大きな一つ。



夫には親友がいないという話し。
彼は、自分の決めた枠以内に、近づいてくる人間を避けて人生を生きて来たというのだ。


要は、こういうことらしい。



俺は、あえて面倒だから親友はつくらないでずっと生きて来た。
が、しかし・・・
私と結婚する数年前の独身時代に帰宅してまもなく、謎のめまいで吐いて
立ち上げれなくなり、自分一人で必死になんとか気を失う前に救急車を呼び、1週間ほど緊急入院した
数日中、目も開けられないほどにめまいがひどくて、ベッドで寝たきりになったらしい。


それまでの彼は、自分は、仕事も充実してるし、自分で何でもできるし
SEXも彼女がいなくても、その方が失恋も自分も傷つくこともないし・・・
精神的に楽だと本気で思ってたのだそうだ。
(「淋しい」とか「特に彼女が欲しい」と思ったことがなかったというのは
これ、私には考えられない程の驚き!)



彼は全部、性欲は新宿の歌舞伎町の風俗店で晴らし、
奉仕するSEXの仕方はしたことない上に
逆に全部、何から何までお金で奉仕してもらうSEXの仕方しか知らなかったわけだ。
その証拠に、結婚当初、私がこの2LDKのマンションに越してきた時には
押し入れの奥に、これまたみたことない程の沢山のAVビデオが置いてあった。
今では、これも笑い話だけど・・・ね。
それも、モザイクなしのモノホンの裏ビデオばっかり!!
(見つけて、夫の出勤留守中にみた私も私なんだけど・・・爆
でも、女性ってAVビデオってマジマジとみれないじゃない。
こういう機会でもないとさ。モザイクなしのビデオなんて。爆)



そして、  「自分が倒れるまですっと一生、独身で生きようと思ってた。」  といったのである。
これには、びっくりした。



あんなに誰ともすぐ仲良くものおじ一つしなくて、話せて友達になれる性格なのに、
彼は、  「自分は本当は、孤独が好きなんだ 」 と言った。



「結婚しよう」と思ったのは、倒れてから、誰も見つけてくれなくて
自分の死体がいつまでも転がってるところを思うと、怖かったんだろう。
それから
「これいじゃあいけない」と思ったからなんだそうだ。



そして、彼は倒れてから救急で入院させられた病院から転院し、
都内のKO病院まで入院し、徹底的にいろんなところを調べたけど、
原因はわかなかったそうで、それから一人の夜が急に怖くなって一時期、パニック障害になり、
また、いつめまいで倒れるか怖くなり、急に一人寝が怖くて、
市川に住むお兄さん一家の家に泊まりにいき、そこから通勤したり、
今の私のように食欲がなくなって、食べ物を前にしても何も食べられない状態になって
初めて、(当初、まだ心療内科がこんな有名でない時代に)
赤坂心療内科の門を叩いて、自分に合う薬をやっとこさ見つけてもらい、
やっと食欲が戻って少しずつ減薬しながら、数年で完治したそうだ。



要は、仕事のストレスだったらしいけどね。
なので、少々のことは、私の病気に理解があるわけだ。



「俺は実は孤独が好きなんだ。」
この言葉は、私には実にショッキングだった。



これには、彼が育った環境が大きく作用してるようだ。
彼は小さい時から父親は炭鉱で働き、
彼はお母さんが40才で出産した5番目の子供だったから、
両親は、亡くなる直前まで内職をしてたそうです。
夫は自分の昔を振り返り、「相当な貧乏だった」と言っていた。
両親はずっと働きづめで、いつも学校から帰ってもおなかをすかしていて、
小学校から帰っても誰も家にいなかったという生活で自分で何でもしてたそうだ。
それこそ、『ヨイトマケの唄』の世界だったという。



だから、小さい時から、何でも人にしてもらうことを全く期待しない子になっていったんだと。
(なんか、ayuの歌詞みたい。)



だから、彼は神経質で、何でも出来るし、何でもすっごく合理的な人なのだった。
家にいる時間は、忙しくて本当に寝るだけだったみたいだから。
実家通いの私もOLしてた時はそうだったけど。



彼は、私に婚約者になっても、「手料理を作ってくれ」とも一度も強要しなかったし、
その代わりに、
「仕事帰りに逢える日には出来るだけ一緒に晩ご飯を
一緒に食べてね。一人だと食べるのが美味しくないから。」って頼まれた。
この約束はちゃんと守って、ずっと結婚まで連日、続いたけども、
これって、「寂しがり屋」とは、また違うわけ?
私には、区別が全然つかないんだけど。。。



本当に、この人。。。いまだによくわかんない~。


でも、私は違った。
確かに小さい頃は、うちもかなりの貧乏で、父は銀行マンだったけども
最初は2DKの風呂なしの荻窪のアパート暮らしだった。
板橋の志村や、代々木上原の銀行の家庭寮の団地に移り住むまで、ずっと銭湯だったしね。
私は、幼稚園の年長組~小6の1学期まで代々木上原に住んでたけど、
そこでも、長い間、ずっと銀行の社宅の2DKの団地住まいだった。
外食なんてしたこともなかったし、母は父の酒代に生活費を相当苦労してたようだった。
でも、家に母がいないことは、私が学校から帰っても1度もなかったな。
団地では、みんな専業主婦の時代だったから外で働いてるお母さんなんて誰もいなかったのです。



でも、一方の私は本当に寂しがり屋で、孤独が大嫌いで、苛める側の人間になるなら、
苛められる側の人間でいたいと思う。



いつもそう思っていた。



苛める側は、苛めたことの罪悪感もしらないし、屈辱感もしらない。
弄られる側の辛さを想像出来ない。
いじめられた側の惨めさや哀しさもしらない。
なぜなら、もし、止めたりしたら、今度は自分がイジメのターゲットになるからだ。
私が苛められるようになった発端もそうだった。
だから、どんなに時代が変わろうが、イジメというものは絶対になくならないのだ。
みんな、今度は自分がターゲットになることを知ってるから、
怖くて、本当はいじめっ子を止めたいけど、止められないからイジメはどこの学校でも絶対になくならない。
イジメで死ぬ生徒もなかなか減らないのは、そのせいだ。
イジメで亡くなる自殺のニュースは、毎年出る。
そのたびに、自分が苛められてた記憶が蘇る。
そして、どうかこの時期をなんとかなんとか切り抜けて、違う学校に行って
切り抜けて、羽ばたいて欲しいといつも願うのだ。
苛められて、学校に生きたくないなら、行かなくてもいいじゃないか。
学校なんて行かなくても、勉強なんていくらでも出来る環境は今は揃ってるんだから。




しかし・・・
そんな弱い立場の人間の心を全く知らないで育った方が、
人間って本当に幸せなんだろうか?



でも、彼はうまく学生時代から立ち回ってたようで、
私が一昨日、
「苛める側の人間と苛められる人間に生まれ変わるとしたら、どちらがいい?」
と質問したら、彼は即答で「苛める側が良い」と言ったのだ。



これが、イジメのあったことの経験のあるかないか経験の大きな違いだ。



苛められた者への心の想像力のなさの違いだ。



ハッキリ言って、彼の答えには、すっごくガッカリした。



確かに、イジメの辛さって実際に苛められないと絶対に解らないもんね。



がんも鬱病も然り、いろんな難病の方の辛さも然り。




まあ、仕方ないよね。
苛められた事のない人には、きっと一生、わからない問題なんだと思うし・・・。
だから、この世から絶対にイジメはなくならないのだ。



彼が、独身であの時倒れてなかったら、彼は寂しさも感じることなく
一人の生活を優雅に、過不足なく過ごしていたんだなと思ったら、
自分の価値ってなんだろう?って思っちゃったよ。




だって、このままだと
彼は,私という精神病の人間を背負っただけの人生で終わってしまうではないか。




彼の本音を聞けてから強く思った。
移住して、私が本当にあと数年で死んでもこの人は
「きっと一人で強く周りと同調して生きて行ける人なんだなあ」と思った。



私のことなんてすぐに忘れて、「私の死亡給付金できっと優雅に暮らしていくんだろうな~」と思った。
多分、再婚もしないんじゃないかな?



本当に「精神的に強い人」っているんだね。



私は、「人間って、みんな弱いものだ」と思ってたから
その発言には、ハッキリ言って、言葉も出なかった。



そんな彼が移住に賛成してくれて、仕事を辞めるとまで言ってくれたのは
心外で、本当に感謝の気持ちしかないのだけれど。
確かに、本当に感謝しきれない程だと心から思ってるのだけどね。



私は、損をしてもいくら騙される人でもいいから、騙す人間にはなりたくないし、
それで生きて来た価値は、自分の中で十分にあると思えている。



確かに、
人を一人も人を傷つけないで生きてきた人間なんてこの世に誰一人いないんだけどさ・・・



でもね、私はいくつになっても、いじめられた記憶は 絶対になくさないでいたいと思うし、
少なくても、自分は弱い立場の人の気持ちをわかる人間でありたいと
心から思うんだ。



私・・・間違ってる?


まあ、人それぞれ、価値観って全然生きてきた道のりで全然違うように
形成されるから、無理もないけど。

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10:04  ショックだったこと comments(2) no-trackback
comment
Re: 間違っては無いです。
>emyさんへ

こんばんは。

お優しい、慈愛に溢れるコメントを頂き、泣きそうになりました。

本当にありがとうございます。

そうですね。

うちの父が亡くなった時にも、母・妹・私と同じ屋根の下で暮らしてきた家族なのに・・・
父に対して亡くなった心の衝撃度とかショックとか、厳密にいうと
多分、全然違ってたと思います。

母は、悪く言えば苦労させられた長年の思いから解放された感が強かったから
今、すごく楽しそうだし・・・
妹は、明日がもうきっとダメでしょうと言われた前日に、虫の息の父を
私なんて見てられなかったから怖くて一番近いのに、見舞いに顔も見にいけなかったのに、
祖母の時もそうでしたが、会社帰りに最後に逢いにいく勇気を持ってたし。。。
私は、霊安室で今まで苦労と心配ばかりかけてきた父に、泣きながら
まだ暖かくて死んでないような父に、必死に何度も「ごめんね」ってとりすがって泣いてたのを
昨日のように思い出します。

家族でも、こんなに感じ方、行動、言動が違うのだから。。。
ましてや他人の育ちも全然違う夫が、同じ想いを、価値観を持ってくれると思い込んでいたのが、
きっと私の甘いところだったんだと思います。

最後に書いて下さった一文、すごい心が癒やされました。

emyさん、本当にいつもありがとうございます。




  • 2013.04.29
  • URL
  • ほししま ゆあ
  • [ 編集]
間違っては無いです。
ゆあさんへ

こんにちは。

間違ってなんかいないと思います。世の中には、色んな人がいて、皆違うし、パーフェクトな人も居ないんですよ。何が良いとか正解も無く…。

そう、経験とか育ってきた環境とか?そういうものだけだと思います。育って来た環境が似てても、長男長女や次男次女では違いますしね。欲のある人もいれば、無い人もいるし。経験値も違う。

親友がいても、その親友がガンになっても私はガンにはなってない。本当に彼女の気持ちが分かるか分からないか?分かりません。努力はしてるけど。親でも分からない事多いですし。愛する人を事故で失った悲しさは、私の親には分からなかった。自分で産んだ子供でも、分からない事が常です。


だから…例え、ライフパートナーでも共感出来る部分、出来ない部分はあって当然かもしれません。もちろん、共感して欲しいと言う気持ちは多いに分かりますがね!


私も辛い事の方が人生には多かった…。なので、『虹』を聴くと、そうそう!と思えるし、自分の過去を振り返る事出来ます。


きっと私もゆあさんも欲深い人間だからじゃないかな…。世の中、本当に人それぞれ違うって事なのではないでしょうか?

そして、ゆあさんの常に弱い人の気持ちに寄り添ってたい思い…とても良いと思います。いじめる側になりたい人こそ、弱いんですよ。弱い方の味方の方こそ、強いんです!

emy
  • 2013.04.28
  • URL
  • emy
  • [ 編集]
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