☆私だって、順風満帆で来たわけじゃなかったよ☆
2005-10-19(Wed)
『卵巣がんを克服して、結婚を諦めなかったゆあの克服記』は、私の過去の闘病の記録や、その後結婚相談所のツヴァイで今の夫と結婚出来たところまでの経緯の説明で終わってますね。
海外旅行記を書いたり、「皆さんと一緒に手を取り合って、マイペースで前向きに生きて行こうよ!」と言ったり、書いてる私も、結婚してから、すぐに今のような幸せな自分になれたわけではありませんでした。
今でも、落ちたり浮上したり・・・その繰り返しです。
昨日の日記とだぶるかもしれないけれど、この結婚してからの7年の私は、あまり綴ってないですよね。
誰しも、治療してる時って、なぜか自分の死のイメージなんか浮かばないし、もうガンと向き合うのに必死なので、副作用もなんとかこらえて必死に頑張ろうと思う。
必死に浮上しようとそれに徹するので、自分の存在価値なんか考える暇もないですよね。
副作用とか、脱毛とか、吐き気とか色んな、ハードルを越えるのが、必死で・・・今、治療してる方も、そして、過去に治療を経験をされた方もそうだったでしょう?
私もそうでした。
でも、それを越してしまうと・・・「今度はなんで生き残ったんだろう?再発したら、今度はどうなるんだろう?」と、今までの治療の経緯や、副作用のすべてを知ってる自分なので、再発や転移を限りなく恐れ、これからの行く先を憂う。
退院してしまうと、迷惑ばかりかけていた自分に段々、周りが見えてきて、自分のいる意味がわからなくなる。
私には、退院したときには、幸い、仕事場に復帰できたので、健常者の仕事仲間の中に紛れることが出来ました。
けれど、勿論、上司を始め、勘のいい人達は、私の髪がウイッグだったことも知ってたろうし、実際、同じ課の仲間には自ら病気の内容は皆に隠さず話していたし・・・。
どことなく、何気に皆は、知っていたでしょうね。
「ガンであった自分をもうなかったことにしよう」と、闘病の記憶の全部を闇に葬りたい時期もありました。
−結婚したいにしても、ツヴァイに入らなくても、出会い系でもなんでも、誰かと恋に落ちれば、きっと 「子供なんてどうでもいい」と言ってくれる人もいるだろう。
生まれると思って結婚しても、産めない体質だった人って後から判る夫婦もたくさんいるんだし・・・、子宮や卵巣がないなんてわかりっこないじゃない?−
「だいたいおなかの中が透けて見えるわけじゃなし、子宮・卵巣がないなんて、SEXしたって、相手にわかりっこないもん!」と思ったことさえありました。
「おなかの傷は、昔、虫垂炎がひどくなって、腹膜炎になって手術した時の傷」とか嘘ついちゃえば絶対にわからない。
そう・・・嘘はどこまでもつき通せるだろう、とも思いました。
でもね、それでは・・・何かが根本からずれると思ったんです。
誰かを騙すことは、自分にも嘘をつくこと。
自分を卑下すること。
私は、全くガンになったことは、恥じてはいないのに、「どうして、結婚したいが為にそこまで嘘をつく意味があるんだろう?」
そう思って、ツヴァイに正式に登録したのです。
そうなんです。
結婚したって、私だって、すぐ幸せになれたわけじゃなかった。
恋愛結婚じゃなかったから、(私は、35歳まで恋愛しかしてこなかった女性だったから)、夫の冷静な目が、
同情で結婚してくれたんじゃないか?とか
結婚しないと出世に響くからでないか?とか
誰でも結局は、良かった相手だったのではないのか?とか
ずっとずっと夫の私への態度が疑心暗鬼に見えていました。
ただ、わかるのは、自分の彼への確かな気持ちと結婚できた事実だけでした。
私は、彼に拾われて幸せになれた・・・。
私を拾ってくれた彼のことは、神様のように思えた。
そして、私は、いつもどこか『捨て猫を拾われたような感覚』でずっといて、いつも自分自身に全くといっていいほどに、自信が持てなかったのです。
この7年間、ず〜っとです。
30歳のガンになる前までの私は、結構モテていて、遠距離恋愛の彼氏もいたり、歯科医の男性と二股したいた時期もあったり、
自分の化粧をした・・・この化け顔にかなり自信を持ってました。(恥)
相手の男性が、「綺麗だね、美人だよね」と言ってくれる言葉を真に受けて・・・(大恥)
今、考えれば大変愚かなことですが、その時の私はかなり奢っていて「自分は、かなりイケテる」と思っていました。(笑)
婚約が決まっても、夫は私に、「綺麗」とも「可愛い」とも一言も褒め言葉もかけようとしませんでした。
一言も甘い言葉も吐かなかった、夫。
でも、私は夫に『感謝の心』だけは忘れまいとずっと思っていました。
彼に拾われてなければ、「今の結婚生活の私の今はない」・・・とわかっていたからです。
けれど、内心はずっとずっと・・・淋しかった。
普通の恋人からのように、アツアツのまま、結婚して、夫婦になりたかった。
ワクワクドキドキしながら、ウエディングドレスを選びたかった。
でも、私の時は、嬉しさより、「これでやっと、親を安心させられる」とか、結婚式を上げる儀式の為という感覚が半分で、披露宴の手配から何からもう忙しいし、大変だし、「結婚式って、こんなに大変なの?」って思うばかりだったんです。
ハワイで結婚式を挙げた時も、ウエディングドレスを着た私をやっぱり褒めてはくれなかった。(確かにされた化粧が濃かったからなあ〜(笑))
見合いで出会った私たちは、ゼロからの始まりだったから、夫婦の絆は、まるでビルの建築のように、深く深く基礎を堀り、アンカーを打ち込んでどんな地震にも倒れないような土台を作って、そこから始めて、高いビルディングにしていく・・・そんな月日の積み重ねでした。
昨日の日記にもありますが、今ひとつ愛されてる実感が掴めなかったせいで、検査に行く度にはビクビクして、ものすごく情緒不安定になるくせに、
半分は、「そうだ・・・私は、もういつ死んでもいいんだ」と思っていました。
「もう・・・願いも叶ったし、こんなに幸せにしてもらえたんだから」と。
「私が死んだら、今度こそ、あなたの好みの女性とすぐに再婚してね」と、心底思っていました。(この心情はここでも何回か書いてましたよね)
でも、違ったんですね。
夫は、女の人を褒めたり、上手な言葉を言える人ではなかったんですね。
たとえが悪いけど・・・ホストクラブのホスト達っては、甘い言葉や熱い視線を投げかけられるプロですよね。
でも、夫は真逆で、仕事1本で来た真面目な誠実な人でした。
そうなのですね、言葉やしぐさは、嘘をついたりや演技をしようと思えば、いくらでも出来るものなのですよね。
勿論、本当に愛があって、褒め上手なご主人や、いつも綺麗だよと言ってくれる優しい恋人もこの世にはたくさん、存在するでしょう。
でも、女って性は、そんな言葉にとっても喜びを感じてしまったり、優しい態度に安堵をしたり、相手を1回愛してしまうとどこまでも心底信頼してしまったり、愛情の見返りを欲してしまったり。
彼の自分への愛情の深さを試してみたくなってしまう。
あなたもそんな経験ないですか?
42歳の私だって、つい1週間前までそんな状態だったんですよ。
子供がいたら、こんなに夫に執着しないのかな?
でも、私には、夫しかいない。
確かに芸能界でも普通の世界でもそうだけど、大恋愛結婚の末でも、子供がいても、離婚する夫婦は確かに存在しますよね。
だけど「私達夫婦は二人ぼっちで、誰より幸せな夫婦になってやる」と、私がツヴァイのPRで書いた文面通りに、夫は夫なりに、必死だったのですよね。
私の方が、大変愚かで・・・夫に対して疑ってばかりで、すごく失礼だったのだと今になってやっとわかりました。
私は、思います。
魂のベターハーフという、もう半分の片割れの男性の伴侶がいるとするなら、何歳で見つかろうが、それで、人生は大変に幸せなことなのではないか?と。
探そうと思えば年齢なんかそれこそ、全く関係なくて・・・赤い糸の先の相手は必ずいるのだと。
人は、誰かに求められる為に存在してるのだと。
だから、生まれてくるのだと。
だから人間はいくつになっても、結婚なんて遅くないです。
それくらい、自信を持って・・・、焦らず、自分を楽しく磨こうじゃない?
褒め言葉がなくっても、化粧は自分の自己満足なんだもん。
素顔より綺麗になった自分の顔を見るのが楽しいから、はまってるだけ。
オシャレもキラキラにはまってるのも自分自身が楽しいから。
そうそう、こんなこともありました。
あんまりにも夫に褒められないので、T〇Sの昔やってた『ジャスト』の「奥様スターに変身」ってコーナーが毎週水曜にあって、これに4回応募して、4回目にやっと応募が通って、出演したこともありました。
結婚2・3年目のことだったかな?
オンワード〇山のCMで出演してた賀来 千賀子さんになり切るという設定で、CMの同じバージョンを作るモデルとして採用されたのですが・・・、結果としては、「やっぱり無理やり綺麗と言ってもらってもちっとも嬉しくなかった」ということ。
ティミー西村さんとか月島の「フェリー」のカリスマ美容師のプリンスにカットやカラーをしてもらえたのは、すごく嬉しかったけど・・・(爆)
(そうそう、あの番組で着せてもらえる衣装は、もらえるわけでなく、出演自体が、ギャラ代わりなんですよ。)
あんな10〜15分そこそこの撮影に丸2日もかかったんです。それも深夜の1時すぎまで・・・。
夫が出てくるシーンは、もうそう、深夜の1時を回っていました。
タクシーで家に帰ってきたら、2時半でした・・・(泣)
そこまでして、私はなんとか夫に褒めてもらいたかったんですね・・・。
実際の今の私も、42歳にもなって、正直、本当に中身もないけど、外見ばかり気にして何を本当に欲しがっていたんでしょうね?
だけど・・・懲りてませんぞ!
私なんか、卵巣も子宮もないけど、『美しさに磨きをかける、可愛い女でいることには死ぬまで、女を捨てないぞお〜♪』
海外旅行記を書いたり、「皆さんと一緒に手を取り合って、マイペースで前向きに生きて行こうよ!」と言ったり、書いてる私も、結婚してから、すぐに今のような幸せな自分になれたわけではありませんでした。
今でも、落ちたり浮上したり・・・その繰り返しです。
昨日の日記とだぶるかもしれないけれど、この結婚してからの7年の私は、あまり綴ってないですよね。
誰しも、治療してる時って、なぜか自分の死のイメージなんか浮かばないし、もうガンと向き合うのに必死なので、副作用もなんとかこらえて必死に頑張ろうと思う。
必死に浮上しようとそれに徹するので、自分の存在価値なんか考える暇もないですよね。
副作用とか、脱毛とか、吐き気とか色んな、ハードルを越えるのが、必死で・・・今、治療してる方も、そして、過去に治療を経験をされた方もそうだったでしょう?
私もそうでした。
でも、それを越してしまうと・・・「今度はなんで生き残ったんだろう?再発したら、今度はどうなるんだろう?」と、今までの治療の経緯や、副作用のすべてを知ってる自分なので、再発や転移を限りなく恐れ、これからの行く先を憂う。
退院してしまうと、迷惑ばかりかけていた自分に段々、周りが見えてきて、自分のいる意味がわからなくなる。
私には、退院したときには、幸い、仕事場に復帰できたので、健常者の仕事仲間の中に紛れることが出来ました。
けれど、勿論、上司を始め、勘のいい人達は、私の髪がウイッグだったことも知ってたろうし、実際、同じ課の仲間には自ら病気の内容は皆に隠さず話していたし・・・。
どことなく、何気に皆は、知っていたでしょうね。
「ガンであった自分をもうなかったことにしよう」と、闘病の記憶の全部を闇に葬りたい時期もありました。
−結婚したいにしても、ツヴァイに入らなくても、出会い系でもなんでも、誰かと恋に落ちれば、きっと 「子供なんてどうでもいい」と言ってくれる人もいるだろう。
生まれると思って結婚しても、産めない体質だった人って後から判る夫婦もたくさんいるんだし・・・、子宮や卵巣がないなんてわかりっこないじゃない?−
「だいたいおなかの中が透けて見えるわけじゃなし、子宮・卵巣がないなんて、SEXしたって、相手にわかりっこないもん!」と思ったことさえありました。
「おなかの傷は、昔、虫垂炎がひどくなって、腹膜炎になって手術した時の傷」とか嘘ついちゃえば絶対にわからない。
そう・・・嘘はどこまでもつき通せるだろう、とも思いました。
でもね、それでは・・・何かが根本からずれると思ったんです。
誰かを騙すことは、自分にも嘘をつくこと。
自分を卑下すること。
私は、全くガンになったことは、恥じてはいないのに、「どうして、結婚したいが為にそこまで嘘をつく意味があるんだろう?」
そう思って、ツヴァイに正式に登録したのです。
そうなんです。
結婚したって、私だって、すぐ幸せになれたわけじゃなかった。
恋愛結婚じゃなかったから、(私は、35歳まで恋愛しかしてこなかった女性だったから)、夫の冷静な目が、
同情で結婚してくれたんじゃないか?とか
結婚しないと出世に響くからでないか?とか
誰でも結局は、良かった相手だったのではないのか?とか
ずっとずっと夫の私への態度が疑心暗鬼に見えていました。
ただ、わかるのは、自分の彼への確かな気持ちと結婚できた事実だけでした。
私は、彼に拾われて幸せになれた・・・。
私を拾ってくれた彼のことは、神様のように思えた。
そして、私は、いつもどこか『捨て猫を拾われたような感覚』でずっといて、いつも自分自身に全くといっていいほどに、自信が持てなかったのです。
この7年間、ず〜っとです。
30歳のガンになる前までの私は、結構モテていて、遠距離恋愛の彼氏もいたり、歯科医の男性と二股したいた時期もあったり、
自分の化粧をした・・・この化け顔にかなり自信を持ってました。(恥)
相手の男性が、「綺麗だね、美人だよね」と言ってくれる言葉を真に受けて・・・(大恥)
今、考えれば大変愚かなことですが、その時の私はかなり奢っていて「自分は、かなりイケテる」と思っていました。(笑)
婚約が決まっても、夫は私に、「綺麗」とも「可愛い」とも一言も褒め言葉もかけようとしませんでした。
一言も甘い言葉も吐かなかった、夫。
でも、私は夫に『感謝の心』だけは忘れまいとずっと思っていました。
彼に拾われてなければ、「今の結婚生活の私の今はない」・・・とわかっていたからです。
けれど、内心はずっとずっと・・・淋しかった。
普通の恋人からのように、アツアツのまま、結婚して、夫婦になりたかった。
ワクワクドキドキしながら、ウエディングドレスを選びたかった。
でも、私の時は、嬉しさより、「これでやっと、親を安心させられる」とか、結婚式を上げる儀式の為という感覚が半分で、披露宴の手配から何からもう忙しいし、大変だし、「結婚式って、こんなに大変なの?」って思うばかりだったんです。
ハワイで結婚式を挙げた時も、ウエディングドレスを着た私をやっぱり褒めてはくれなかった。(確かにされた化粧が濃かったからなあ〜(笑))
見合いで出会った私たちは、ゼロからの始まりだったから、夫婦の絆は、まるでビルの建築のように、深く深く基礎を堀り、アンカーを打ち込んでどんな地震にも倒れないような土台を作って、そこから始めて、高いビルディングにしていく・・・そんな月日の積み重ねでした。
昨日の日記にもありますが、今ひとつ愛されてる実感が掴めなかったせいで、検査に行く度にはビクビクして、ものすごく情緒不安定になるくせに、
半分は、「そうだ・・・私は、もういつ死んでもいいんだ」と思っていました。
「もう・・・願いも叶ったし、こんなに幸せにしてもらえたんだから」と。
「私が死んだら、今度こそ、あなたの好みの女性とすぐに再婚してね」と、心底思っていました。(この心情はここでも何回か書いてましたよね)
でも、違ったんですね。
夫は、女の人を褒めたり、上手な言葉を言える人ではなかったんですね。
たとえが悪いけど・・・ホストクラブのホスト達っては、甘い言葉や熱い視線を投げかけられるプロですよね。
でも、夫は真逆で、仕事1本で来た真面目な誠実な人でした。
そうなのですね、言葉やしぐさは、嘘をついたりや演技をしようと思えば、いくらでも出来るものなのですよね。
勿論、本当に愛があって、褒め上手なご主人や、いつも綺麗だよと言ってくれる優しい恋人もこの世にはたくさん、存在するでしょう。
でも、女って性は、そんな言葉にとっても喜びを感じてしまったり、優しい態度に安堵をしたり、相手を1回愛してしまうとどこまでも心底信頼してしまったり、愛情の見返りを欲してしまったり。
彼の自分への愛情の深さを試してみたくなってしまう。
あなたもそんな経験ないですか?
42歳の私だって、つい1週間前までそんな状態だったんですよ。
子供がいたら、こんなに夫に執着しないのかな?
でも、私には、夫しかいない。
確かに芸能界でも普通の世界でもそうだけど、大恋愛結婚の末でも、子供がいても、離婚する夫婦は確かに存在しますよね。
だけど「私達夫婦は二人ぼっちで、誰より幸せな夫婦になってやる」と、私がツヴァイのPRで書いた文面通りに、夫は夫なりに、必死だったのですよね。
私の方が、大変愚かで・・・夫に対して疑ってばかりで、すごく失礼だったのだと今になってやっとわかりました。
私は、思います。
魂のベターハーフという、もう半分の片割れの男性の伴侶がいるとするなら、何歳で見つかろうが、それで、人生は大変に幸せなことなのではないか?と。
探そうと思えば年齢なんかそれこそ、全く関係なくて・・・赤い糸の先の相手は必ずいるのだと。
人は、誰かに求められる為に存在してるのだと。
だから、生まれてくるのだと。
だから人間はいくつになっても、結婚なんて遅くないです。
それくらい、自信を持って・・・、焦らず、自分を楽しく磨こうじゃない?
褒め言葉がなくっても、化粧は自分の自己満足なんだもん。
素顔より綺麗になった自分の顔を見るのが楽しいから、はまってるだけ。
オシャレもキラキラにはまってるのも自分自身が楽しいから。
そうそう、こんなこともありました。
あんまりにも夫に褒められないので、T〇Sの昔やってた『ジャスト』の「奥様スターに変身」ってコーナーが毎週水曜にあって、これに4回応募して、4回目にやっと応募が通って、出演したこともありました。
結婚2・3年目のことだったかな?
オンワード〇山のCMで出演してた賀来 千賀子さんになり切るという設定で、CMの同じバージョンを作るモデルとして採用されたのですが・・・、結果としては、「やっぱり無理やり綺麗と言ってもらってもちっとも嬉しくなかった」ということ。
ティミー西村さんとか月島の「フェリー」のカリスマ美容師のプリンスにカットやカラーをしてもらえたのは、すごく嬉しかったけど・・・(爆)
(そうそう、あの番組で着せてもらえる衣装は、もらえるわけでなく、出演自体が、ギャラ代わりなんですよ。)
あんな10〜15分そこそこの撮影に丸2日もかかったんです。それも深夜の1時すぎまで・・・。
夫が出てくるシーンは、もうそう、深夜の1時を回っていました。
タクシーで家に帰ってきたら、2時半でした・・・(泣)
そこまでして、私はなんとか夫に褒めてもらいたかったんですね・・・。
実際の今の私も、42歳にもなって、正直、本当に中身もないけど、外見ばかり気にして何を本当に欲しがっていたんでしょうね?
だけど・・・懲りてませんぞ!
私なんか、卵巣も子宮もないけど、『美しさに磨きをかける、可愛い女でいることには死ぬまで、女を捨てないぞお〜♪』