☆逆転の発想・・・

つい先日書いた、私の友人の自殺を止められなかったという記事のエントリーを読んだEちゃんから、逆転の発想で、こんな素晴らしいメールを頂きました。


ワタシは、彼女を失ったトラウマで、Eちゃんのメールを頂くまで、
このような逆転の発想=プラス思考ができなくなっていたのですが、
Eちゃんのメールの中に皆さんにも是非とも読んで私もパワーを頂いたし、
また皆さんにもパワーが湧くきっかけになって頂けたらと思い、
Eちゃんの快諾を頂いた上で、以下のメールを掲載します。


今日のゆあさんのブログ、お友達が亡くなってしまったという内容で、
「人間は病気でなくても意志で死ねるんだ」という文面を見て思いました。

病気だって、
『意思で生きることができるんだ』


という事を思いました。

ここ最近、私は心配になっててもし悪性だったら。ダンナはどうしよう。とか
ずっと悩んでました。
(中略)
けれど最近読んだ本もそうだけど↑の言葉で
強い意志で生きることができるんだと思いました。
私は心配で心配で思考が死の方向へ進んでました。
そしたらたぶん本当に死ぬかも。

ゆあさんの伝えたい内容はそこじゃなかったかも知れないけれど、
私は↑の言葉にはっとしました。



そうなんです。
彼女は、本当に死にたくて、死に切れなかったこと、親に迷惑をかけて生きてることに
再度、絶望し、最終的に餓死を選んでしまった。
病気ではなくて、自分の意思で最後は亡くなったのです。


ということは、その逆もまたしかりなのですネ。

『治る!!』
『必ず治す!!』
と信じて、ずっと治療に向き合っている方々がこの国に何十万人といます。


がんだけでは、ありません。
難病、障害、ウツなどの精神疾患、そして、あらゆる生活習慣病。
末期がんと言われて、余命まで言い渡され、それをみごとのひっくり返して治してしまった人も
全くゼロ人ではなくて、存在しておられたりするわけです。


ワタシもまったくの現実離れしたことはいうつもりもないですが、
でも、人の『気のもちよう』ってすごく免疫や心や、体調、いろんなところに左右することは、
生きてきた経験の中で、大なり小なり誰でもご存知ではないかと思います。


そして、こんな本を紹介して頂きました。
ワタシは、早速図書館に電話でリクエストし、2週間後には多分借りれそうです。
気にいったら、買います!!
皆様ももし、ご興味があったら、最寄の図書館などで探して読んで見て下さい。

川嶋 朗 著 PHP出版
『病気は心のメッセージ』


画像をクリックして頂くと、詳細が読めます。

 
09:49 | 氣づいたこと | edit | page top↑

☆妹からの素敵な感動のプレゼント・・・

昨日は、本当ならCTの予約の日だったけど、土曜に早めてもらったお蔭で、すごいすっきりした休日を過ごせました。
嫌なことは、宿題でもなんでも早くやるのが、いいって本当だって、ずっと昔から知ってたけど、学生の時は、夏休みの宿題でもいつも30日とか31日に駆け込みで必死にやってたヒトだったから、私って。


でも、不確実な不安は、確実な具体的なより詳しい検査が、しっかりとはぬぐいさってくれることを今回の一件で本当に思い知らされました。(苦笑)


さて、昨日は夫が日曜に休日出勤だったので代休で夕方から実家に梨を取りに行きました。
というのも、実家が梨農園をやってるわけではなくって、
実家の鎌ヶ谷市は、梨の名産地で家の周りに梨の直売所がい〜っぱいあり、
うちの近所にスーパーでは決しておめにかかれないような「かおり」「新香」とかスーパーには並ばない珍しい梨や、(買いにいったのはごく普通の幸水だったんだけど)
商品に出来ない不揃いの幸水梨を安くうってくれる梨屋さんがあって、そこに1000円分梨を予約していたんですね。
くず梨って言っても、すごく大きいし、ちょっと傷があったり形がいびつだったりするだけなのに、1000円でこれだけあります。(大玉で13個もらえました)
画像が12個なのは、1個朝に夫にむいてあげたから。(笑)

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今年最後の収穫分の梨。
で、梨屋さんに寄る前に、実家に受け取りに行かないといけないものとか渡さねばならないものとかあったので、実家に先に寄ったんですね。


そしたら、妹が、例のル・スークのビジューチュニックをお店の袋入りで「お姉ちゃんに渡して」って
玄関に置いてあったんです。
「1度、私が着てからあげるね〜」なんて言っていたのに・・・。

ひとりで「私の気持ちなんて全然わかってない!!」とすねていた私を慰めてくれようとしたのか?
「別にそんなつもりじゃなかったんだよ」って言葉に替えたかったのか?
とにかく、妹の無言の優しさが胸に滲みて・・・。

で・・・家に買って、中を見て、またビックリ。

妹とバーゲンの時に買ったこのブレスレットに似合うビジューで、それを見たからこれを買ってくれたんだんだ!と解った一品でした。
ブレスは、これ。

buresu.jpg

で、サイトで見てたル・スークのチュニックのビジューの色は透明に見えたんだけど、

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実際はこの
ブレスに合わせたようなこの色、感動の涙の嵐

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ちゃんと考えてコーディネートを考えてくれてる一品

妹とワタシならでは、で出来る忘れていた、妹とのバーゲン連携プレイ。
これを彼女は、60%OFFでなく、70%OFFで買ったというから、スゴイ。

行った先のクロアチアでも、ワタシが旅行した先のマグネットを集めているのを知ってて、
私には、クロアチアの風景のマグネット(小さいのに高かったらしい)と、夫には
行った先の国の地図が書いてあるバスタオルを集めているのを知っていて、夫にも
クロアチアの綺麗な青のバスタオルを買ってきてくれていた。


妹は、妹らしいプラス思考でワタシを励ましてくれていたのに、
ワタシがそれを勝手につっぱねていただけだったんだなあと、帰る車中で反省しました。


妹の健康を僻んでたんだな、ワタシ。
きっと、中身ってそれだけだったんだと思う。
自分の目線に降りてきて心配してきれないとかなんとか言ってて、
そうじゃなくって、出来ない自分にも苛立っていたし、
「ああ、そうだよ!!キミみたいには富士山にも登れないし、ウツでそんな元気もないよ!!」って
無言の中で心の中でうっぷんを怒鳴り散らしてた。


恥ずかしい・・・その一言。
ごめんね、鈍感なおねえちゃんで。
悪かった、ごめんねでは済まないけど。


本当にありがとう。
お姉ちゃんは本当に本当に嬉しかったよ。

10:21 | 昨日の出来事 | edit | page top↑

☆人の痛みに等身大で,寄り添うことは難しい・・・

一人、ひとり、生きてる間に起こる体験、経験ってみんな違うし、
性格も、考え方も皆、個々にまた違うし、育った環境も感受性もそれぞれだから、
人の苦悩や哀しみや不安や恐怖を等身大に解ることって厳密には出来ないんだよね。


人は、自分の身に降りかかってこそ、その恐怖や不安やショックを体験するし、
頭で想像する世界と、体験する世界では雲泥の差がある。


例えば、戦争を知らない私と戦争を体験した人は同じ『戦争は絶対反対』でも
その言ってる重みも違うし、恐怖の体験や大事な人を失った深い深い哀しみは、
その人しかわからないもの。

それと良く似てるのかもしれない。


私がウツでなかった頃、うつ病で自殺を図った友人がいた。
彼女は「死にたい」と言っていた。
もちろん、心療内科に行くように薦めたし、実際、彼女も何軒も心療内科を渡り歩いた。
死にたい自分を止めてくれと、入院を病院に志願していたこともあった。
友人の私も、必死に止めた。
何十回と電話で話し、会い、「どんなに親が悲しむか、旦那さんが悲しむか?」色んな角度から説得した。
でも、彼女は・・・医師も抗欝剤もカウンセラーも救えなかった。
そして、寝室が夫婦別々であったことが、かえって悲劇を招いた。
ある日、彼女は練炭で自室で自殺を実行してしまった。
幸い、命だけは助かったが、低酸素症による脳の一部が壊死して、
彼女は、彼女でなくなってしまった。


見舞いに行くのが、哀しくつらかった。
彼女は、私とわかってるのか?わかってないのか?
視線は焦点が定まってなかった。


彼女のツラサをわかってあげることに限界もあったし、
止めようにも、そこは彼女の部屋で彼女の家で、友達の私が出て行ける場所ではなかった。
よくあるという死ぬ前のSOSもなかった。
彼女は、死なない為に、自分でもあらゆる努力をしていた。
睡眠療法にも通ってみたし、色んな抗不安剤も試していた。
でも、彼女の希死念慮は、最後まで拭い去れなかったのだ。


彼女は、次第に意識が戻りだすと・・・自殺に失敗したことを自ら悟り、
不自由になった自分の身を嘆き、ますます生きる意欲をなくし、
甲斐甲斐しく一人娘を看病して上京する老齢の父親の想いも届かず、
死ぬことだけを闇に願い、ついには食べることを拒否し、最後には親元で衰弱して死んでしまった。
人間は、病気でなくても、意志で死ねるのだと驚かされた。
元々細かった彼女が、故郷の介護センターで唯一、笑った写真を亡くなったあと、
お父様から、郵送で送られて来た。
そして、彼女は故郷に戻ったあと、亡くなる前に離婚されていた。
やむない結果だったのは、わかったけど、ご主人が見舞いに来ると笑顔が戻り、
嬉しそうだった話を聞き、胸がつまされた。


それに彼女は、彼女もがん体験者だった。
本当の初期の乳がんを体験してたから(抗がん剤はしていない)、命の大事さは知ってると思った。
実際、助かった自分を「幸運だった、本当に良かった」と何度も言っていた。


でも、彼女は自分しかわからない寂しさの恐怖の中に自分を置いて死にたくなるように
思考がなっていってしまったらしい。
脳がそう彼女にインプットしてしまったように。


同じウツでも死にたくなるウツと、私みたいに死にたくはならないウツもある。


同じ病名でもこれだけ違う。


同じ病気でも分かり合えないこともある・・・ってことを思い出した。







実家に電話したら、眠そうな妹が出てきた。
まだ旅行の疲れが取れてないんだろう。
そして、彼女は、いつもの妹で・・・私に甘えた声で話していた。
ここ数日の私のブログは見てないらしかった。


彼女は、彼女のままでいいんだ。
私が言われたことに一切気にしなければ、
そして、ウツが本当に良くなって、もっと本当に意欲的に動けるようになれたら、
きっと彼女との壁は、自然になくなるのだから。


大好きな妹を嫌いになることなんて、できやしない自分を思い知った。






23:17 | ゆあの独り言 | edit | page top↑

☆歪んでる自分・・・

今までこんなことってなかったのに、妹となんだか・・・話せなくなってしまった。
これは、私がどっか歪んでるから。
どっか、彼女を羨ましく思っていて、自分の目線に降りてきてくれないことを勝手にすねているだけ。
健康な人が、なかなか死の淵の恐怖や不安にリアルに想像したり、心に自然に寄り添ってくれるなんてこと、実は本当はすごく難しいことだから。


彼女は、私を考えすぎだ、暇だからそんな風に考えるのだと言った言葉は、
きっと彼女からみれば、イヤミでも、なんでもなくて・・・
普通に放った言葉なんだ。


でも、ワタシは・・・勝手に傷ついて、勝手に哀しくなってしまって、勝手に壁を感じてしまった。


彼女の笑顔や会話や存在に何度も、あのツライ入院中、助けてもらった。
母や父が見舞いに来てくれるより、妹が週に1度来てくれる方が、
なんだか、とても嬉しかったのを良くおぼえてる。


彼女の目線が、きっと世間一般で、ワタシがきっと一度がんになってるから
心配しすぎで、パニクっていた。
それだけのことなのに。


彼女の普通の体力や、元気や病気知らずのカラダが羨ましいだけなんだ。


本来なら、彼女を偉いねって誉めてあげなくちゃいけないのに。


富士山から帰って、会社に休まず行って、クロアチアにもそれからすぐに準備して元気で
行って帰って来て。
昨日からまた、ちゃんと仕事に遠くまで行ってる。


そう、ワタシは・・・やる気が起きなくて、哀しくて、ただ、うつろになってて。
一人で彼女が眩しくて、見れないだけなんだ。


壁を作ってしまったのは、私自身で。
それはよく・・・わかっているの。





20:52 | ゆあの独り言 | edit | page top↑

☆健康な人にはわからない限界と私達のツラサ・・・

結果を自分のことのように喜んで下さる方々の多くのメール、本当にありがとうございます。

その中で、素晴らしい言葉を贈って下さったNさんからのメールに、
私達がん患者・体験者の個々のツラサを良く表現した、
とても感銘を受けた言葉があったので、彼女の了解を取った上で、掲載します。
(先のRさんとNお姉さんのメールも了解を得て、掲載しました)


妹さんの件、ゆあさんが言うように体や心のしんどさは同じ体験をした人でないと
残念だけどほんと理解できないんだと思います。

私も何度となく友人の言葉に傷ついたりして学習しました。

中には理解できないながらも気遣ってくれる人もいますが、
結局みんな自分の体調基準にしか生きてないから、健康であればある人ほど
体の弱い人の気持ちや体のしんどさは理解しようにもほんとわからないんだよ。

社会で特に会社勤めなんかしてると体調崩すことは自己管理ができてないとか、
とかく体弱い=マイナスと判断しがちだから、よけい弱い人(休む人とか)に
対しては社会は冷たい風潮があると思います。
普通に動けて当然の世界だからね。

そういう中に身を置いてると自然と弱者にはそういう意識になっちゃうのかも。
考えてみたら私も病気になる前はそういう風に思ってたところあるもん。

ただゆあさんは最愛の妹さんだから、わかってもらえない悲しさや悔しさが
よけい大きいんだよね。
妹さんも悪気無く言った言葉ではあると思います。

兄弟で体質が違いすぎると微妙だよね。
私も兄とは全く体質が違うのでヤツが健康でうらやましく思うことがあります。
なんで私の方がこの体質受け継いじゃったのかなーって。
そんなことどうしようもないのにね。

幸いゆあさんは理解ある旦那さんがいらっしゃるし、それはそれはとても心強いことと思います。

そうそう知り合いに首のヘルニアで何年もまともに動けなかったっていうおばさんがいるんだけど
その人も家族や近所の人にいろいろ言われて嫌な思いしてきたみたいなんだけど

その人曰く、
『他人は具合の悪さは分からないから好き勝手なこと言うけど
具合が悪いのは結局自分しかわからないから
何言われても気にしないこと』
 
ってそう言ってた。
結局は他人が健康な体換えてくれる訳じゃないもんね。



そう、なんですよね。
副作用の出方も、各々のつらさも、どんな病気の痛さや苦しみも、恐怖も不安も
結局、本当のところ、その本人にしか等身大のツラサってわからない。
だから、健康な人にわかって欲しいと思うのは、もしかしたら・・・
望みすぎなのかもしれない。
個々に、自分で痛いとか苦しいとか死ぬかもしれないとか本気で心配する事態にならないと、
人は死を身近には体験しないし、逆に間近に体感してる人ほど、すぐにマイナス思考に落ちいりやすくなるのは、トラウマもあって、ごくごく自然なことだと思うのです。


妹のように、私も同じように何もかも出来る体があったら、きっとウツもがんの本当の恐怖も
なんら理解が出来なかったんだと思います。


妹は、全然悪くない。
ずっと仲良しで来て、とても可愛がってきたかけがいのない妹だからこそ、
辛い心の本音の部分を・・・余計わかって欲しかった。


それは、健康な人の理解の仕方ない限界とあるいは私の勝手な甘えなのかもしれません。


具合が悪いのは結局自分しかわからないから
何言われても気にしないこと



なんか、この言葉にいいようがなくすっごく慰められました。 

17:24 | 氣づいたこと | edit | page top↑